宗教 – ジャズウォーカーの備忘録 https://www.raspiserver.mydns.jp 覚え書き Wed, 18 Mar 2026 00:45:36 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=7.1 240212132 オウム真理教元幹部の現在の活動と「功徳・社会的責任」の考察 https://www.raspiserver.mydns.jp/2026/03/18/%e3%82%aa%e3%82%a6%e3%83%a0%e7%9c%9f%e7%90%86%e6%95%99%e5%85%83%e5%b9%b9%e9%83%a8%e3%81%ae%e7%8f%be%e5%9c%a8%e3%81%ae%e6%b4%bb%e5%8b%95%e3%81%a8%e3%80%8c%e5%8a%9f%e5%be%b3%e3%83%bb%e7%a4%be%e4%bc%9a/ https://www.raspiserver.mydns.jp/2026/03/18/%e3%82%aa%e3%82%a6%e3%83%a0%e7%9c%9f%e7%90%86%e6%95%99%e5%85%83%e5%b9%b9%e9%83%a8%e3%81%ae%e7%8f%be%e5%9c%a8%e3%81%ae%e6%b4%bb%e5%8b%95%e3%81%a8%e3%80%8c%e5%8a%9f%e5%be%b3%e3%83%bb%e7%a4%be%e4%bc%9a/#respond Wed, 18 Mar 2026 00:45:36 +0000 https://www.raspiserver.mydns.jp/?p=501 オウム真理教の事件は、1995年の地下鉄サリン事件をはじめ、多くの被害を生んだ悲劇的な歴史として今も社会に刻まれています。その後、教団から離れた元幹部たちは現在、宗教活動や社会奉仕を行っています。しかし、彼らの行動は「功徳(徳積み)」として評価できるのでしょうか。そして、過去の行為に対する責任との関係はどうなるのでしょうか。

1. 「功徳」とは何か

功徳(徳積み)とは、仏教などで言うところの「心の清らかさを保ち、他者の幸福を願う行為」です。

見返りを求めず行う善行

日常の小さな行動でも十分に功徳となる

自己の心を穏やかにし、他者への思いやりを育む

たとえば、道端のゴミ拾いや、誰かに優しい言葉をかけることも功徳に含まれます。重要なのは「意図の純粋さ」です。

2. 元幹部たちの現在の活動と功徳

瞑想や修行の指導:参加者や周囲の心の平安に寄与

社会奉仕活動(清掃やボランティアなど):直接的に社会や他者の利益に貢献

講演・啓蒙活動:善意の循環に貢献する可能性

これらの活動は、心から他者の幸福を意図して行われる場合、功徳として評価できます。

3. 過去の行為と社会的責任

一方で、功徳は過去の罪や損害を償うものではありません。

オウム真理教時代に生じた被害への謝罪や補償が十分でなければ、社会的責任は未履行です。

自己の徳積みに終始し、被害者への具体的な行動を後回しにすることは、社会的評価を回復するには不十分です。

4. 功徳と社会的責任の両立

理想的な行動の順序は次の通りです:

社会的責任を果たす

過去の行為への謝罪・補償・説明を優先

被害者や社会への具体的利益を生む行動を行う

功徳(徳積み)を補助的に行う

個人の心の清浄化や善意の行為として、社会に還元

自己満足で終わらないことが重要

意識の順序を守る

「まず過去の償い → 次に未来の善行」の順で行動

功徳は心の清浄化や善意の循環を作りますが、過去の被害に対する謝罪・補償は別の次元で必須です。

5. まとめ

元幹部たちの現在の活動には、功徳として評価できる善行もある

しかし、過去の被害への具体的な謝罪や補償を置き去りにした自己徳積みは、社会的責任として不十分

理想は、社会的責任を果たしつつ、功徳を積むことによって、過去の過ちを償いながら未来に善を積むバランスを取ること

功徳は心の中での善行ですが、社会的責任は行動としての善行です。この両者を意識して取り組むことが、元幹部たちに限らず、過去に過ちを犯した者が未来に向かう正しい道の鍵となります。

💡 ポイント:功徳は「心の清浄化」、社会的責任は「過去の償い」。
両者を混同せず、順序を意識することが、倫理的・社会的に信頼される行動に繋がります。

]]>
https://www.raspiserver.mydns.jp/2026/03/18/%e3%82%aa%e3%82%a6%e3%83%a0%e7%9c%9f%e7%90%86%e6%95%99%e5%85%83%e5%b9%b9%e9%83%a8%e3%81%ae%e7%8f%be%e5%9c%a8%e3%81%ae%e6%b4%bb%e5%8b%95%e3%81%a8%e3%80%8c%e5%8a%9f%e5%be%b3%e3%83%bb%e7%a4%be%e4%bc%9a/feed/ 0 501
オウム真理教関係者の責任の取り方:社会と被害者への償いの視点 https://www.raspiserver.mydns.jp/2025/09/11/%e3%82%aa%e3%82%a6%e3%83%a0%e9%96%a2%e4%bf%82%e8%80%85%e3%81%ae%e8%b2%ac%e4%bb%bb%e3%81%ae%e5%8f%96%e3%82%8a%e6%96%b9%ef%bc%9a%e7%a4%be%e4%bc%9a%e3%81%a8%e8%a2%ab%e5%ae%b3%e8%80%85%e3%81%b8%e3%81%ae/ https://www.raspiserver.mydns.jp/2025/09/11/%e3%82%aa%e3%82%a6%e3%83%a0%e9%96%a2%e4%bf%82%e8%80%85%e3%81%ae%e8%b2%ac%e4%bb%bb%e3%81%ae%e5%8f%96%e3%82%8a%e6%96%b9%ef%bc%9a%e7%a4%be%e4%bc%9a%e3%81%a8%e8%a2%ab%e5%ae%b3%e8%80%85%e3%81%b8%e3%81%ae/#comments Thu, 11 Sep 2025 01:44:48 +0000 https://www.raspiserver.mydns.jp/?p=489 ChatGPTのAIさんと議論をし、まとめたものです。ちなみに執筆は、AI氏。

オウム関係者の責任の取り方:社会と被害者への償いの視点

オウム事件は日本社会に深い傷跡を残しました。その関係者が社会や被害者に対して責任を果たすには、どのような方法が考えられるのでしょうか。ここでは、言葉だけでなく、行動と透明性を伴った持続的な対応を中心に整理してみます。

1. 謝罪の実践

被害者個人に向けた謝罪は、可能な範囲で直接行うことが大切です。
例えば、手紙や面会で誠意を伝えることが考えられます。しかし、謝罪は言葉だけでは不十分です。日常の態度や行動で誠意を示すことが、被害者の信頼回復につながります。

2. 説明・告白

次に、自らの関与や意思決定の経緯を社会や被害者に明らかにすることです。
たとえば、「なぜあの時その行動を取ったのか」を正直に語ること。法を盾にして黙るのではなく、真実を伝える姿勢が重要です。これは被害者の理解を得るだけでなく、社会全体の学びにもつながります。

3. 金銭的償い(補償)

責任の一環として、金銭的な償いも必要です。
大幹部・中堅幹部・末端幹部がそれぞれ責任に応じた金額を負担し、生活困窮者支援や医療費、被害回復のために透明な形で管理されることが望ましいです。単なる寄付ではなく、被害者の救済に直結する使途が重要です。

4. 態度・行動で示す責任

言葉や金銭だけでなく、日々の態度や行動も重要です。
公に目立たなくても、継続的に被害者支援や地域貢献活動を行うことで、社会に対して非を示すことができます。たとえば、地域のボランティア活動や教育支援など、長期的な取り組みが信頼回復につながります。

5. 透明性の確保

責任を果たすためには、透明性も不可欠です。
第三者機関(公的機関、弁護士会、市民団体など)が管理や監督を行い、誰がどの程度償ったのかが分かる形で公表することが望まれます。これにより、社会や被害者は安心して状況を見守ることができます。

6. 長期的な対応

一度きりの謝罪や寄付で責任が完了するわけではありません。
言葉だけで終わらせず、具体的な行動を長期的に継続することが求められます。たとえば、数年間にわたる支援活動や教育プログラムへの参加など、持続的な取り組みが社会的信頼を築きます。

まとめ

オウム関係者が果たすべき責任は、「謝罪」「説明・告白」「金銭的償い」「態度・行動」「透明性」「長期的対応」の6つの柱に整理できます。
これらを組み合わせることで、言葉だけではなく、実際の行動を伴った責任の取り方が可能になります。被害者への償いと社会的信頼の回復を目指すためには、真摯な姿勢と持続的な努力が不可欠です。



この記事について感じたことや、体験談があればコメントで教えていただけると嬉しいです。よろしくお願いいたします。

]]>
https://www.raspiserver.mydns.jp/2025/09/11/%e3%82%aa%e3%82%a6%e3%83%a0%e9%96%a2%e4%bf%82%e8%80%85%e3%81%ae%e8%b2%ac%e4%bb%bb%e3%81%ae%e5%8f%96%e3%82%8a%e6%96%b9%ef%bc%9a%e7%a4%be%e4%bc%9a%e3%81%a8%e8%a2%ab%e5%ae%b3%e8%80%85%e3%81%b8%e3%81%ae/feed/ 1 489
聖天信仰 https://www.raspiserver.mydns.jp/2024/11/16/%e8%81%96%e5%a4%a9%e4%bf%a1%e4%bb%b0/ https://www.raspiserver.mydns.jp/2024/11/16/%e8%81%96%e5%a4%a9%e4%bf%a1%e4%bb%b0/#respond Sat, 16 Nov 2024 07:50:16 +0000 http://192.168.1.25/?p=181 この信仰は巷で言われているように、確かに難しい面がある。それは聖天さまをご本尊とする、待乳山聖天(東京浅草)のご住職も言っておられた。とにかく、うるさいくらいにしきたりに厳しいそうである。他にも、忌服の際にお寺を参拝するのを遠慮したほうが良い、など(ただし緊急のお願いの場合はOK)。

仏教の守護神、*天部の神さまであられる聖天さまを信仰すれば、文字通りに何でも叶えていただけるというわけなのだが、一方で人を選ぶとも言われている(ただし、待乳山聖天によれば、これは俗説ということらしいです)。オールマイティーな力を持っている聖天さまだが、この点こそが聖天信仰はハードルが高いと言われる由縁であろう。

*このサイトが参考になります。

 

 

待乳山聖天で、その礼拝作法を伝授していただいた。

ここの信仰は、具体的には、この作法を毎日(出来れば朝夕)繰り返すのである。真言を称えることもこの作法の中に含まれている。

仏教の守護をしている天部の神さまでは有るが、「解脱・悟り」をお願いごととすることも出来るのだということだった(聖夫婦より)。

聖天さまにお願いしたいことの有る方は、寺院からその方法を尋ね実践するのが良いですが、お寺を参拝した際には、聖天さまの好物である甘いものやお酒をお供えすると良いでしょう。

 

 

ここに「聖天信仰の手引き」という本がある。著者は、林屋友次郎 という方。待乳山聖天さんの寺務所にも置かれてあった。**書店には流通していない本なので注意(初版は昭和35年、自分のものは第6版(平成22年))。自分はこの本のお陰で、聖天信仰に取り組む決心がついた。

**ここで取り扱っています。

 

信者の心得として、十二条が挙げられている。この十二条はしっかり読み込む必要があると思う。以下にお示しします。

一、ほんとうの信仰とは、聖天様にひたすらお縋りして、一切をあげておまかせすることである。

二、信仰は、うまず、たゆまず、一生涯つづけることが肝要である。お札は自宅に祀ってもよいが、御尊像は祀らぬ方がよい。

三、身も心も清めて、お詣りしなくてはいけない。また、忌服の時や御婦人の汚れの間は、直接のお詣りは遠慮するほうがよい。

四、お詣りは、ご利益を少しも疑わず、純真な心持ちで一心不乱にお祈りすること。

五、お願いの叶わぬときは、いまだその時期でないのか、誤った願い方をしていたか、または聖天様のお気持ちに反するような、お詣りの仕方をしていたからであるから、特に反省してみる必要がある。

六、どんな無理なお願いをしてもよいし、その達成に努力精進することは言う迄もないが、あとの結果は聖天様の思し召しにおまかせするがよい。

七、熱心に信仰するほかに、自分の力の足りない所は、御祈祷を頼んで行者に、その心願成就をお祈りしてもらう方が早い。

八、信者の熱心と行者の法力と聖天様の妙智力との、三カ冥合の結果、心願が、成就するのだから、御祈祷を頼んでおけばよいと、あんしんしていて、お詣りを怠けていてはいけない。

九、心願が叶い、ご利益を頂けたら、聖天様へ感謝の念を忘れず、御加護を頂いた聖天様のお寺へはもちろん、広くは社会のため、少しでも奉仕の布施行を心がけないと、つづいて御加護は頂けない。

十、いくら熱心でも、いつまでも「我欲」のみの信仰をしていては、聖天様の思し召しに添わないから、いつかは見離されて、大きなご利益は頂けない。よくよく心すべきである。

十一、お願いには浴油供か華水供の御祈祷をお願い、また成就の暁、感謝のお礼には大般若経の転読か百味の御供養を、奉修してもらうがよい。もちろん浴油供でも差し支えない。

十二、世間では「聖天様は恐い神様」だとか、「子孫の七代までの福を一代にとる」とか色々に言いふらされているが、何の根拠もない、迷信的な伝説故少しも気にしない方がよい。

 

 

 

]]>
https://www.raspiserver.mydns.jp/2024/11/16/%e8%81%96%e5%a4%a9%e4%bf%a1%e4%bb%b0/feed/ 0 181
オウム真理教の残した問題 https://www.raspiserver.mydns.jp/2024/10/31/%e3%82%aa%e3%82%a6%e3%83%a0%e7%9c%9f%e7%90%86%e6%95%99%e3%81%ae%e6%ae%8b%e3%81%97%e3%81%9f%e5%95%8f%e9%a1%8c/ https://www.raspiserver.mydns.jp/2024/10/31/%e3%82%aa%e3%82%a6%e3%83%a0%e7%9c%9f%e7%90%86%e6%95%99%e3%81%ae%e6%ae%8b%e3%81%97%e3%81%9f%e5%95%8f%e9%a1%8c/#respond Wed, 30 Oct 2024 20:29:35 +0000 http://192.168.1.25/?p=114 あれだけの事件を起こしていながら、後継団体が今も存続していて、人々からかなりの反感を買っている。団体拠点のある地域では反対運動が行われている。あたり前のことだろう。

アレフ、ひかりの輪、山田らの集団がそれである。また、教祖の家族の存在も不気味だ。

 

アレフ:

アレフは事件の被害者賠償を怠っている。陰謀論を勧誘の手段に使っている。後継と言っても、今や宗教団体では無くなっているのである。今でも入信者がいるらしいが、その理由が自分には分からない。怖いもの見たさなのか。それによって公安警察に名前を登録され、一生付け回される不都合があるというのに…。もしかすると付け回されたいのか?

ひかりの輪:

こちらは元幹部の上祐史浩さんらが、オウム、アレフで集めたお金を使って立ち上げた団体。反省文をインターネット上にアップし、アレフとの決別を謳ってはいるが、あまり信用されていない。それなりに真摯な内容であり私個人としては信用したいところだが、アレフがオウム真理教だった頃に幹部から直に聞いた話を元に考えてみると、今の彼らの言動・行動は、およそ信用出来かねてしまうというのが本音のところだ。長らく滝本太郎弁護士が上祐さんに対して糾弾していることも、私のそうした感触の後押しになっている。

アレフ問題の告発と対策というサイトを立ち上げて旧団体との決別を打ち出してはいるが、どうも自分たち(ひかりの輪の構成員)に都合の悪いコメント投稿は非公開にしているようである。こうした点を見ても、信用しかねるというわけだ。こうしたサイトの立ち上げも、オウム内の、いわゆる内輪揉めの範疇のものという見方が出来なくはない。

彼ら自身が書いているように、以下のような事例もある(以下引用)。

オウム(現アレフ)には、数十名の行方不明者がいるとされています。その中には、単に教団を脱会した者に限らず、無理な修行による事故・内部殺人などで死亡した者がいると思われます。

 

オウムの起こした事件を風化させてはいけないとつくづく思う。

山田らの集団:

こちらの情報は手薄。石川県金沢市で活動をしているようだが、それ以外はほとんど分からない。

教祖の妻やその子どもたち:

接点がないので分からない。

野田という元幹部によれば、家族、特に妻が裏でアレフという団体を裏で糸を引いているとのこと。話の信憑性はかなり高いと思う。

http://alephmondaitaisaku.blog.fc2.com/?no=195#comment

http://alephnoda.blog85.fc2.com/blog-entry-1837.html

ただ、この野田という元幹部も、オウム、アレフで集めたお金を元手に事業を立ち上げ今に至っている人だ。かつてのアレフ(アーレフ?)で代表を務めていたようだが、そこから弾かれたことを未だに根に持っている節も見られる。

杉浦兄弟も脱会したという話だが、全財産を教団に布施して出家したのなら、今現在の生活をどう構築しているのだろうか。そうそう、名倉という幹部(この人も元正悟師)もいたな、、しかしこの人はメディアにはほとんど取り上げられていない。彼らは、お金の面で言えば上祐さん一派(ひかりの輪)や野田元幹部と大同小異ではないかと思う。信仰の面で言えば、脱会を表したとされてはいるが、彼らの中にある「目的のためには手段を選ばず」の考え方は根強いだろうから、実に怪しいものである。問題はまさにそこにある。従って観察処分の類などは当然の措置だと私は思う。

事件が明らかになって、当時の在家信者(信徒)たちの多くは脱会したようだが、お金を失って路頭に迷った人も多かろうと推測する。「極限までの布施」がこの教団では推奨されていたからである。数々の凶悪事件の前に、信者らは旧教団に対して裁判すら起こせない状況があった、そして今もある。まさに泣き寝入りの構図だ。本来なら、旧団体幹部らが信者(信徒)に対して謝罪し償わなければなければならない案件であると私は思う。

結局のところ、元幹部らは信者(信徒)を騙し続けてきたわけです。「幹部」だった者としての責任は取らねばなりません。そうした責任から逃れるために脱会した幹部らは数多いと自分などは思いますね。彼らのことを信仰心を失ったから辞めただとか言う人もあるが、そうした類とは違うと私は思っています。

さて、幹部ら、元幹部らのことを「聖者」と見る向きもあるけれど、どうなのだろうか?

確かにアンダーグラウンドサマディや空中浮揚は聖者の証なのかも知れない。オウムには何人かの達成者がいる。インドにおいてヨグマタ師(相川圭子さん)は、何度もそれを達成されている。空中浮揚ならば、日本では成瀬雅春師ということになるだろうか(私は実際に見たわけではなく、その写真を閲覧したのみ。坐法を組んだままで、1メートルを超える浮揚を達成したとされている)。

こうした点は、起こした事件とは分けて考えていかなければいけないだろう。

2025年3月は、忌まわしいあの事件から30年目の節目の年。おそらくテレビが特番を組むでしょうが、不謹慎な番組だけは辞めて欲しいと思う。

 

しかし、皆さんに置かれましては、くれぐれも間違った宗教にだけは入らないでください。お願いします。

追記:

参考になるサイト

オウム真理教問題デジタルアーカイブ(公安調査庁)

ただ気になるのは、ここには女性幹部の名前が出ていない点だ。

]]>
https://www.raspiserver.mydns.jp/2024/10/31/%e3%82%aa%e3%82%a6%e3%83%a0%e7%9c%9f%e7%90%86%e6%95%99%e3%81%ae%e6%ae%8b%e3%81%97%e3%81%9f%e5%95%8f%e9%a1%8c/feed/ 0 114
ISKCON(クリシュナ意識国際協会)について https://www.raspiserver.mydns.jp/2024/10/30/iskcon%ef%bc%88%e3%82%af%e3%83%aa%e3%82%b7%e3%83%a5%e3%83%8a%e6%84%8f%e8%ad%98%e5%9b%bd%e9%9a%9b%e5%8d%94%e4%bc%9a%ef%bc%89%e3%81%ab%e3%81%a4%e3%81%84%e3%81%a6/ https://www.raspiserver.mydns.jp/2024/10/30/iskcon%ef%bc%88%e3%82%af%e3%83%aa%e3%82%b7%e3%83%a5%e3%83%8a%e6%84%8f%e8%ad%98%e5%9b%bd%e9%9a%9b%e5%8d%94%e4%bc%9a%ef%bc%89%e3%81%ab%e3%81%a4%e3%81%84%e3%81%a6/#respond Wed, 30 Oct 2024 04:08:19 +0000 http://192.168.1.25/?p=127 バガヴァッド・ギーターを基本経典としている宗教団体。通称ハレ・クリシュナ。創設者であるプラブパーダ師による独自の解釈本を用いている(出版物はここの寺院から手に入れることが出来る、たまに古本屋でも見かける)。ビートルズの元メンバー、故ジョージ・ハリスンが信者だったということで知られているかもしれない。ジェファーソン・エアプレイン(スターシップ)のグレイス・スリックも関係しているようである。

ここの信者たちは、 ”バクティ・ヨーガ” というものを実践している。ヒンドゥー教系の団体ということで間違いは無いであろう。菜食主義(たまご、肉、酒が禁止で、コーヒー、紅茶もいけないらしい)で知られているだろうが、細菌類は食べても良いらしい…(ヨーグルトが提供されたこと有り)。草花も大丈夫みたいです。

バクティ・ヨーガをAIに説明させたところ、以下のようになっていた。

バクティ・ヨーガとは、ヒンドゥー教において、神への絶対的な信仰に基づいて行われるヨガです。サンスクリット語で「愛のヨーガ」「献身のヨガ」とも呼ばれ、神との一体感や内なる神性とつながることを目的としています。

バクティ・ヨーガでは、マントラを唱えたり、チャンティングや聖歌斉唱、お祈り、歌、踊りを捧げたりして、神への愛を深めていきます。

バクティ・ヨーガの具体的な実践方法としては、次のようなものがあります。マントラを唱える、キールタン(歌うヨーガ)を行う、菜食供物プラサーダム(食べるヨーガ)を行う、 ヴェーダ聖典バガヴァッド・ギーターを学ぶ。
バクティ・ヨーガは、正統な師弟継承によって教えられるもので、誰にでも可能な実践方法ではありません

 

ここの寺院の講座(クラスと呼ばれていた)に通っていたことがある。一年以上は通っただろうか。ただ、その時の講師は寺院を離れてしまったようだが(宗教名ダモダラさん)。

講座は、仏教が提示する概念と同じ概念を説くので自分にとっては親近感があった。なるほど解脱(げだつ)を説いている箇所もある。仏教を学んで来た方なら親しみを持てるはずだ。考えてみれば、これは当たり前だ。仏陀釈迦牟尼(釈尊、ゴータマ・シッダールタ)は、インドのヒンドゥー社会の中から登場したのだから。

宗教の経典にはよく有ることだが、にわかには信じがたい話も度々出てくる。おそらく熱心な信者は信じているのだろうが、私のように少し距離をおいてこのお寺と接するのも良し、とされている。世界を物質界と精神界とに分けている。講座で聴いたところによれば、精神界の美女、美男子は ”目が潰れるほどに” 美しいのだそうである。

ここの教え全般について言えることだが、上意下達(いわゆるトップダウン)を良しとするので、この点は人によっては違和感を持つことであろう。だが、多くの信者にまみえても確かなことは得られないはずだ。確かなことを知りたいと思うのなら、やはりこの団体の指導者クラスの方の言(げん)を頼ったほうが良いと思う。

今の社会通念から言えば、ここの男尊女卑的な傾向も挙げておかねばいけないだろうか。その根拠は、ヴェーダ経典にあると言われている。

私とこの団体との接点であるが、きっかけは、自分の体調不良を解決することだった。当時、東京中野区東中野の寺院にいらしたカヴィチャンドラ・スワミ(スワミというのは尊称、指導者)に相談したのであった。ホームレスへの食事提供の奉仕活動、寺院内の行事(護摩行、ここではホーマと呼ぶ。ホーマという言葉は、仏教の護摩の語源)、寺院やスワミへの奉仕、いろんなことが自分の勉強にもなったが、肝心の体調不良はこのお寺では治りはしなかった…。

以前は無料だったお祭りも、今はお金を取るようになっている。

「すべて無料」、かつてはこれが売り文句だった。2000年頃の寺院は閑散としていて、行けばご飯(ここではプラサーダムという。神に捧げた供物のお下がり)をいただけたのだが。

寺院を訪問する際には、供物を持ってくるように言われたこともあるのでそこは注意。

 

 

東京では、江戸川区の船堀に寺院がある(移転した)。日本人の信者(ここでは献身者という)もいるので言葉の面では安心かと思います。
ただ、寺院には各国からいろんな信者が来ているので注意してください、と言いますか、注意すべきでしょう。そうした注意点もあるので、ここを第一印象で批判しないように。話をするなら、グル(マハラージという)であるカヴィチャンドラ・スワミが ベスト だと思います。ヴェーダに関する知識が豊富な方です。

https://www.iskconjapan.com/

年中、神々のお祭りをやっているという印象がある。それからすると多神教のようだが、クリシュナ神一筋の信仰を良しとしているので、一神教の信者に受けが良いようだ。それ故、キリスト教徒、ユダヤ教徒、浄土真宗など、一神教に近い宗教をやっていた、やっている人が多いように思う。寺院はインド系の人が半分くらいを占めていた。

日本担当のグル(指導者)は、先に書いたカヴィチャンドラ・スワミという方。アメリカ人(本名ジェームズ・アルム、ミネソタ州出身)である。入門する際のグルとして、多数の日本人信者(献身者)を作り、今も作っている。アジア各国に弟子が存在しているという。70過ぎだと思う。既婚者だが、別居しているという。弟子の信者によれば、娘がいるそうである。

寺院内で開催された祭り(日曜祭、サンデーフィーストと呼んでいた)には、何回か参加したことがある。ここの信者(寺院では献身者と呼んでいる)から寺院内のことは公にされたくないと言われたことがあるので注意したい。マハラージからはそんなことは一切言われてはいないのだが、このことでここがオープンでない印象を持つに至った次第。献身者側からすれば批判されたくなかったのであろう。だが今はYouTubeなどを通じて各国で開かれている祭りの模様が公開されている。そんなことも大丈夫になったのであろうか。

 

]]>
https://www.raspiserver.mydns.jp/2024/10/30/iskcon%ef%bc%88%e3%82%af%e3%83%aa%e3%82%b7%e3%83%a5%e3%83%8a%e6%84%8f%e8%ad%98%e5%9b%bd%e9%9a%9b%e5%8d%94%e4%bc%9a%ef%bc%89%e3%81%ab%e3%81%a4%e3%81%84%e3%81%a6/feed/ 0 127
寺院で聴いた話(仏教) https://www.raspiserver.mydns.jp/2023/08/09/%e5%af%ba%e9%99%a2%e3%81%a7%e8%81%b4%e3%81%84%e3%81%9f%e8%a9%b1%ef%bc%88%e4%bb%8f%e6%95%99%ef%bc%89/ https://www.raspiserver.mydns.jp/2023/08/09/%e5%af%ba%e9%99%a2%e3%81%a7%e8%81%b4%e3%81%84%e3%81%9f%e8%a9%b1%ef%bc%88%e4%bb%8f%e6%95%99%ef%bc%89/#respond Tue, 08 Aug 2023 15:26:43 +0000 http://192.168.1.25/?p=67  曹洞宗の考え方

  • 修証一如(しゅしょういちにょ)…修行と悟りとは同じである。修行している状態こそ悟りである。坐禅修行の姿そのものが仏・悟りである。
  • 犬にも仏性(ぶっしょう)は有るか?…有る無しを超越せよ。 “言うまでもなく有る” という立場(長光寺)。
  • ヒンドゥー教はカーストを肯定するが、仏教はカースト否定の立場(功運寺)。
  • 坐禅は、ただ座る、それだけのこと。そこに結果はない。何が叶うというものでもない。何も考えない、思いを巡らさない。無念無想を良しとする。 “焼香、礼拝、念仏、修懺(しゅうさん)、看経(かんきん)を用いず、只管(しかん)打坐(たざ)あるのみ”。修懺(しゅうさん)(しゅうさん・・懺悔(さんげ)の法を修して 身心を清浄にする)。
  • “葬式は仏道修行者のやることではない。神道に任せておけ”。
  • “天皇や政治には関わるな”(道元禅師)。
  • 不立(ふりゅう)文字(もんじ)、教外(きょうげ)別伝(べつでん)…文字や言葉による教義の伝達のほかに、体験によって伝えるものこそ真髄であるという意味。
  • 五蘊(ごうん)皆(かい)空(くう)…五蘊(ごうん)とは、からだ(色(しき))とこころのはたらき(受(じゅ)・想(そう)・行(ぎょう)・識(しき))の五つ。「わたし」という五蘊(ごうん)は、皆な空(くう)(ずっと同じ、決まったものとしては取らない)である、とみる見方。(永平寺別院長谷寺(ちょうこくじ)、松田講師)
  • 縁…まわりの人とかかわることで「わたし」はあらわれる。(永平寺別院長谷寺(ちょうこくじ)、松田講師)
  • 三教一致はあり得ない(三教とは、仏教・儒教・道教 のこと)。(道元禅師、正法眼蔵第四十三諸法実相の巻)

まだまだ追記していく予定であります。

 

]]>
https://www.raspiserver.mydns.jp/2023/08/09/%e5%af%ba%e9%99%a2%e3%81%a7%e8%81%b4%e3%81%84%e3%81%9f%e8%a9%b1%ef%bc%88%e4%bb%8f%e6%95%99%ef%bc%89/feed/ 0 67